MAJIRUSHI  MENBER'S ESSAY    法学部2001年度生 総合政策科学研究科2005年度生  三浦 哲司



shikaku    浅田さん



 僕が真山ゼミに入るきっかけとなったのは、ある人物との出会いからでした。それは、高校の先輩である浅田啓太さんです。浅田さんに関しては一切説明は不要と思われますので、ここでは詳しく紹介しませんが、浅田さんとの出会いがなければ、ゼミに入ることはおろか、僕の大学生活はきっと味気のないものになっていたと思います。
 一回生の時、北海道の片田舎から大都会の京都へやってきた僕を、面倒見のよい浅田さんはしばしば飲みに連れて行ってくれました。二人でいろいろなお店に行きました。お酒の席で浅田さんが話される話題は、決まってゼミの話でした。軽く二時間は話し続けました。帰りの京阪電車、近鉄電車の車内でもゼミの話題は止まりません。こうして、僕の中には一回生の春学期から、すでに真山ゼミ以外のゼミの選択肢は消えました。
 二回生の秋学期に政治学演習が始まり、僕はゼミの幹事になりました。そのため、これまで以上に浅田さんとのつながりが深まりました。学校の帰りに、浅田さんの誘いにより、二人で京都駅ビルの大階段に設置されているクリスマスツリーを見に行ったこともありました。カップルだらけの中、男二人ということで若干の戸惑いも感じましたが、周囲をものともせずにクリスマスツリーに見とれている浅田さんを見て、「なんてロマンチックな人なんだろう」と思ったりもしました。
 その後は、浅田さんは大学院に進学されたので、真山ゼミの第一線からは退き、TAとして補助的にゼミに関わっていかれるのかなあと思いきや、依然として第一線のポジションを保ち続けました。むしろますます真山ゼミのマスコット的な存在になっていった気がします。法学部の先生たちに「真山ゼミです」と言うと、決まって「浅田君の…」という返答が返ってきました。
 このようにいろいろと浅田さんとのエピソードを綴ってきましたが、僕は本当に浅田さんに感謝しています。右も左もわからず、三山木が大都会だと感じるような田舎育ちの僕を、浅田さんは学校のことや京都の街のことなどを手取り足取り教えてくれました。時間割のことや進路のことでいろいろ相談に乗ってもらったこともありました。浅田さん直々の英才教育により、幹事たる者の心構えも植え付けられました。僕が四年間、ゼミ活動を中心に同志社大学で充実した大学生活を送ることができたのは、浅田さんによるところが大きいと言えます。
 先日、某政治学科の学生に、「浅田さんの一番弟子の三浦さん」と言われました。最初は違和感を持ちましたが、よく考えてみると浅田さんとはもう7年くらいの付き合いですし、外から見たらそのように思われるのかもしれませんね。ということで、浅田さんの一番弟子として、今後とも僕なりに真山ゼミに貢献していきたいと思います。

                      2005年5月22日 二条の寓居にて





 

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